コポコポとコーヒーメーカーが湯気を上げている。
夕食を終え後片付けをしながらまもりはそちらに目を向けた。
 出来上がったコーヒーをカップに注ぎ、一つに砂糖とミルクをもう一つはそのままにお盆乗せ、 隣にケーキを一つ乗せてまもりはヒル魔のいるテーブルにそれを持って行った。
 案の定ケーキを見た瞬間ヒル魔の表情が変わったが、まもりは何も言わずにブラックコーヒーをヒル魔の側に置き隣にケーキと砂糖とミルクの入ったコーヒーを置いた。
そして床に座ってソファに背を預けているヒル魔の横に同じように座った。
 黙ってコーヒーを口に運ぶヒル魔を見てまもりもコーヒーを口に運ぶ。
それから生クリームたっぷりのケーキにフォークを刺した。


「‥おい。傍でそんな甘ったるい匂いのもんを食うなっていつも言ってるだろっ。」
「‥‥‥こんな美味しい物がダメなんてヒル魔君可哀想ね。」


 抗議の声を上げる男を無視してまもりはケーキを口に運ぶ。
口の中に広がる甘さに顔を綻ばせるまもりをヒル魔は眉間に皺を寄せながらじっと見ていた。


「ん〜‥幸せ〜vv」
「そんなもんで幸せとは‥‥テメェの幸せは安いもんだな。」
「ヒル魔君も一口どう?幸せをお裾分けするわよ?」
「‥‥イるか。口が腐る。」
「そういう言い方しなくても‥‥」


 フォークに刺さったケーキをヒル魔に向けたまもりだったが、激しく拒絶され仕方なくそれを自分の口へと運ぶ。
おいしいのに‥と言うまもりのつぶやきもヒル魔は聞き流して再びパソコンに集中し始めた。
 その時『ピンポーン』とヒル魔の家のインターフォンが鳴った。
こんな時間に‥‥いやヒル魔の家に来客が来るなんて滅多にない事なのでまもりは驚いた。


「あー‥‥心配ねぇ。知り合いだ。」


 代わりに対応してくれと言われまもりは腰をあげて玄関へ向かった。
自分が出てもいいのかと思ったが、ヒル魔がそうしてくれというのだからいいのだろうとまもりは玄関のドアを開けた。


「あ。」
「‥!‥あんたは‥‥」


 目の前に立つ相手に、来客もまもりも互いに驚いていた。
来客はまもりも何度か見た事のある賊学カメレオンズのキャプテン・葉柱ルイその人だった。


「‥‥ヒル魔はいるのか?」
「ああ‥ヒル魔君なら奥にいるから入って。」


 ヒル魔に用があるのだろうとまもりは微笑んで部屋に入る様に勧めたが、ルイはまもりの行動にぎょっとして首を横に振り、入る代わりにまもりの前に大きな袋を差し出した。


「‥‥あいつからの頼まれもんを渡しに来た。」


 それだけ言うとルイはそそくさと去っていった。
まもりはきょとんとしながら受け取った大きな包みを抱えてヒル魔の元へと戻る。


「ヒル魔君‥‥さっき葉柱君がこれを‥‥‥」
「テメェにやる。好きにしろ」


 パソコンから顔をもあげずに言うヒル魔に、まもりは抱えた物をどうしようかと迷った。
が、くれると言うのだから素直にもらっておこうととりあえず「開けるね」と一言断りを入れて袋を開けた。
 そして開けた瞬間見えたその中身の見覚えのある頭部にまもりは言葉に詰まった。
ヒル魔をぱっと振り返ったがヒル魔は相変わらずパソコンに集中している。
 まもりは急いでガサガサと袋から中身を引っ張り出してヒル魔の方にそれを向ける。


「ヒル魔君これ‥‥‥」
「イラねぇなら捨てろ。」


 視線も合わさずにぶっきらぼうに吐き出された言葉。
優しさの欠片もないようなそんな言葉だったけれどまもりは胸がいっぱいになった。
そして嬉しくて手にしている《巨大ロケットベアのヌイグルミ》をめいいっぱいぎゅっと抱きしめた。


「‥‥ありがとう。」


 高くてねだるのも諦めたのにまさか用意してくれるなんて予想外だった。
まもりは自分のお願いを聞いてくれたヒル魔の気持ちが嬉しくて、そして目の前の憧れの大きな存在が嬉しくてその場でヌイグルミと戯れた。
 そうしてヌイグルミと一人戯れていて、ヒル魔の存在を思い出した時には少し時間が経っていたらしく、ヒル魔の表情と纏うオーラにに不機嫌さが現れていた。
 さすがに存在を忘れてロケットベアに夢中になっていたのを悪いと思ったのか、まもりはヒル魔のご機嫌を回復する為に笑顔を作ってやんわりと言葉をかけた。


「ヒ、ヒル魔君‥コーヒーのおかわりとか‥‥いる‥?」
「‥‥オレに構わず好きなだけソイツと遊んでてくれて結構だぜ?」


 構ってもらえなくてすねているのかなと、まもりはその場にヌイグルミを置いてちょこんとヒル魔の隣に座る。
ヒル魔をじっと見つめるまもりにヒル魔は視線を向けようとはせず無視を決め込むヒル魔にまもりはたまらずヒル魔を呼ぶ。


「ヒル魔君‥」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥妖一‥」


 タイピングをミスったのか舌打ちと共にヒル魔の手が止まる。
そのタイミングにまもりはヒル魔の顔に手を伸ばし、自分の方に向かせる。
そしてそのまま顔を寄せヒル魔の唇にキスをした。
 そうして唇を離すとヒル魔が真っ直ぐまもりを見ていた。
まもりはやっと見てくれたヒル魔にホッとしながら少し頬を赤めて笑い返した。


「ありがとう‥‥妖一。子供っぽいって言われるかもしれないけど‥‥私‥‥大好きな人からヌイグルミを贈ってもらいたかったの。」
「‥ホントガキだな。」
「部屋にあるヌイグルミもね、単身赴任の多いお父さんが離れてても寂しくない様にってくれたものなの。
 だからヒル魔君と離れて寂しい時は代わりにそれを抱いて眠りたいって思ってたから。」
「‥‥あんなもんをオレの代わりにすんな。」


 ヒル魔の手がまもりの頬に伸びる。
まもりはくすりと笑ってその手にすり寄った。


「そうね。ヒル魔君の代わりには少し可愛すぎるわね。」


 ヒル魔がまもりの方に体を寄せそのまま唇を重ねた。
そしてまもりが頭を打たない様に頭を手で支えながら、ヒル魔は口づけたまままもりをその場にそっと押し倒した。












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